『ロックの美術館』への招待──自著刊行によせて


「ロックは既存の価値観からはみ出しこぼれ落ちた雑多なものごとを拾い上げ、地球上のさまざまな地域の音楽のエッセンスをとり入れ、伝統も前衛も貪欲に吸収し、すべてを分け隔てなく包み込むことで、愛や平和や自由といったかたちのない抽象的な概念を。体と心で感じる文化としてつくりあげてきました」(中略)「ロックの美術館は、ロックを──ただのミュージックではなく──視覚表現も含めたひとつの時代精神史としてとらえることで、ロックの名の下に従来の美術史とデザイン史を融合し再編する試みとして夢想されました。それは、あなたの想像力のなかで開館します。」(「エントランスホール|はじめに|ロックの美術館へようこそ」より)
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月刊『クロスビート』で2007年より連載していたコラム「アートワーカホリックアノニマス」を中心に、音楽周辺のデザイン、アートワーク、ブック、パフォーマンス、展覧会などに関する原稿を一冊の単行本にまとめました。音楽のアートワーク(レコードやCDのカヴァー・ジャケット等)に関する雑学的な知識は長年の趣味の蓄積でもありますが、ここでは音楽とアートとデザインを接続することによって20世紀から現在に至るポップ・カルチャーの様相を浮かび上がらせようという試みです。
本書のテーマを一言で言うなら「ポップとは何か?」ということになりますが、もう二言、三言足して言うなら、大衆向けの産業音楽であるポップ・ミュージックが、ディジタル配信によって音盤というフィジカルなメディアを喪失していこうとしている現在、ポップ(・アート)もまた情報化=脱物質化の過程にある、というのが私なりの新しい持論です。
本をつくるにあたっては、すべての論考の順序を再構成し、1〜7までの章立てを第1展示室から第7展示室に見立てることで一種の「空想ミュージアム」を案内する仕掛けになっています。ここではその全体像を紹介するために目次のテキストデータを掲載しておきます。

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ロックの美術館 目次
エントランス・ホール|はじめに
 ロックの美術館へようこそ
第1展示室
 破壊と創造 ロック・アイコノクラズム
 ギター・スマッシュの起源──なぜギタリストはそれを壊すのか
 破壊せよ、とメッツガーは言った
 ピアノ・バーニング──燃えるピアノの奏でる音楽
 耐火服のピアニスト、山下洋輔「ピアノ炎上」再演
 今われわれはなにを壊すべきか──コンピュータ破壊からエア・ギター
 萌えるギター少女の原点──江口寿史ポップ試論
 音のミューズは絵画に降臨する

第2展示室
 円盤の包み紙
 パッケージングとラベリング
 いつかぼくたちは懐かしむだろう。音楽が新鮮な野菜みたいに店頭に並んで売られていた時代を。
 右傾斜角45 度↗対角線の思想と美学
 文字化けと暗号化──タイポグラフィーのゴーストとパンクス
 「カヴァー・アートなし」という究極のカヴァー・アート
 バック・トゥ・ザ・ネイチャー──彼らが裸になる理由
 ガーシュウィンブライアン・ウィルソンがディズニーの魔法にかけられて
 3つの感嘆符による音と写真と映像のトライアングル
 〝空飛ぶ蓮〟の柄(パターン)と格子(グリッド)でできた世界
 海を越えるつもりじゃなかった
 ビースティ・ボーイズ最後の聖戦
 アンダーグラウンドの喧噪からアンダーウォーターの静寂へ

第3展示室
 脱物質化する音楽
 ディジタルとフィジカル
 明日われわれはフィジカルなき音楽のどこをどうやって愛でればいいのだろう
 ザ・ビートルズは“箱”の外で今も生きている
 なぜクラフトワークはアルバム・アートワークをリニューアルしたのか
 超田園(ハイパー・パストラル)──羊のジャケットをめぐる冒険
 ハード・カヴァーのリミテッド・エディション──なぜCDが本のかたちになるのか
 ポール・マッカートニーのすべてを〝情報の雲〟の上に
 ニコンFを下げてそこに立ってた彼女──写真家リンダ・マッカートニー
 ペーパーバックとウォークマン──ウエラブルなロックの情報端末の原点
 アナログ盤のレーベル・デザイン標本──アルノのマルチプル・ブック
 ジャケットを脱いだ音の肖像──松蔭浩之のレコード写真
 中古盤のジャケを再利用して新譜のジャケをつくるDIY的ロック再生計画
 アマゾンの箱の中のメタリカの棺
 ファウンテインズ・オブ・ウェインの予言的なジャケを読み解く
 消えゆくスーパーマーケットに捧げる店内放送のレクイエム

第4展示室
 メイド・イン・20 世紀
 ポップ・レヴォリューション
 ミュージック・アートワーク・ヒストリー
 ①[1960年代]〈FREE〉と〈LOVE〉でアメリカの音楽と絵画の流れをつなぐ
 ②[1970年代]〝歌うポップ・アート〟とテクノ・ポップ
 ③[1980年代]ニュー・ウェイヴという名の新しい文化生活革命
 ④[1990年代]ビットマップのブギウギ
 ピーター・ブレイクは『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』によって彼らに何を与え、何を得たのか
 15秒間だけ、すべての消費者はオーディエンスになる
 もうひとりの「ドクター・ロバート」とロックの守護聖人たち
 「ディス・イズ・トゥモロウ」から「ディス・ワズ・トゥモロウ」へ
 バック・トゥ・ポップ──ロリポップの渦巻きをたどる
 キング・オブ・ポップの死
 バナナは誰のものか?──ヴェルヴェッツvs.ウォーホル裁判
 シド・ヴィシャスの蝋人形になりすました悪たれ芸術家
 マドンナのブランド戦略は最高のデザイナーによる最強の布陣で
 ポップはそれ自身を喰らうだろう

第5展示室
 ロックの公共性 イメージとメッセージ
 戦う四文字言葉──RAGE(激怒)、AIDS(エイズ)、RIOT(暴動)
 ブルースでも、ソウルでも、ロックでもなく、あるのはアメリカ音楽だ
 ヒーローなき格差社会を生きるガテン系フリーターのアンセム
 爆発する音楽──アトムの時代のサウンド
 手のひらから小さなキノコ雲が立ち上がる
 イメージの洪水警報──フォトモンタージュとロック・プロパガンダ
 反原発デモグラフィックス、いま音楽とアートにできること
 原発事故を問うアーティストたち
 3・11 以後のふたつのバッド・インスタレーション

第6展示室
 身体と媒体 ボディ/エレクトリック
 ビートルズ全213 曲で描くウォール・ペインティング・オブ・サウンド──藤本由紀夫のインスタレーション
 氷のレコードが奏でる音楽──八木良太の作品
 手のひらに音楽を、光の楽器を演奏(プレイ)する──岩井俊雄TENORI-ON
 ジョン・ケージ「ヴァリエーションズVII」東京ヴァージョン
 ぼくらをのせてどこへ行く、進め!「未来へ」号──遠藤一郎の冒険
 踊る身体(ボディ)が映る媒体(メディア)になる──ラップトップ世代のダンサー/コレオグラファー梅田宏明

第7展示室
 展覧から共有へ ミュージックとミュージアム
 ベックと祖父アル・ハンセンをつなぐポップとハプニングの血脈
 ムーン・フェイスに映る誰かの面影──ジュリアン・オピー展
 ウォーホルの全ジャケ仕事がカタログ・レゾネになったわけ
 “ただのロックンロール”ではなくなったロック、でもそれが好き
 音速の若者のすべて──ソニック・ユース全記録展
 眠れるお米少年たちの見る夢は?──ライスボーイ・スリープスのアートワーク
 1979 年とは何だったのか?──30 年後の未来から見た展覧会
 ミュージアムは動く──ジョン・レノンミュージアム閉館と「スウィンギン・ロンドン50’s-60’s」展

ミュージアム・ショップ|あとがきにかえて
 「ご自由にお手に取ってご覧ください」

索引・出典一覧

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楠見清著『ロックの美術館』、シンコーミュージック・エンタテイメント刊、本体2400円、アートディレクション=永原康史、カヴァーイラストレーション=江口寿史

KUSUMI, Kiyoshi, Rock-no-Bijutsukan (The Museum of Rock and Pop Art), Shinko-Music Entertainment, Tokyo, Japan, 2013