「メディア芸術」日本代表、ブラジル遠征――FILE SP 2014リポート


ブラジル、サンパウロで毎年開催される国際メディアアート・フェスティバル「FILE」に、文化庁海外メディア芸術祭等参加事業の一環として日本人アーティストを派遣出展することになり、その企画展のディレクションを担当しました。

日本の企画展示「Where Heaven meets Earth(天と地の出会う場所)」は、8組のアーティストによる4章立ての構成で、上昇と下降、物質と情報、現実性と抽象性、回転と浮遊といった対比的なアングルから、現代日本のメディア芸術表現に見られる特徴を明らかにしていこうというもの。
アニメ、音楽、メディアアート、現代美術など異なる領域の表現者を一堂に会し、さらに古くは浮世絵に見られる斬新な視覚表現との関連も暗示させるものとしました。
さらに詳しいコンセプトについては、プレスリリースに寄せたテキストをご覧ください。
文化庁プレスリリース(日本語)、フライヤー(ポルトガル語)ダウンロード


世界と異界をつなぐ――企画展〈Where Heaven Meets Earth〉
現地サンパウロでの展覧会の様子を写真で紹介します。

会場のSESIアート・ギャラリーの入るFIESP文化センター。高く大きな外壁は全面LEDで、夜はイルミネートする。



1階はゲーム部門、2階はメディアアート部門と展示場の2フロアすべてを使っています。



2階エントランスを入るとすぐ真正面から日本の展示から始まります。日本の企画展がとくに力の入ったものとして高く評価された結果与えられた会場内で最高の場所です。



企画展「Where Heaven meets Earth(天と地の出会う場所)」についてのステートメント(拙稿)。すべてのテキストは基本的にポルトガル語と英語の二カ国語で表記。


Part 1: From Ukiyoe to Anime (浮世絵からアニメへ:反転と降雨)


吉浦康裕「サカサマのパテマ」のモニタの背景には葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》、石田祐康「rain town」の背景には歌川広重《大はしあたけの夕立》の背景スクリーンを壁に敷き詰めて、天地が反転する視覚表現と雨の垂直線で覆われる画面の新旧対比を表現した。


Part 2: Physical World (上昇と下降:物理世界)
左は三原聡一郎「  を超えるための余白」(2013)、右は和田永「時折織成 -落下する記録-」(2013)。
三原の作品は、現地で調達した水や溶剤の性質の影響で、泡の柱を直立させるのに最後の最後まで苦労されたが、結果的にできあがった様態が完成形であるというコンセプトなので、今回は奇しくも屈曲し混沌とした世界を反映したといえよう。
和田永のオープンリール・デッキを載せた4本の柱状の作品は、会場の中央に置かれることで本展の中で最もシンボリックな作品となった。テープが巻き上がるときに早回しで奏でられる「美しく青きドナウ」にブラジルの観客もいっせいに驚嘆の声をあげてくれた。


Part 3: The World of Images and Information (上昇と下降:情報イメージ世界)

佐藤雅晴「Escalator Girl」(2010)と「Nine Holes」シリーズ(2013)から上下運動を表すループ・アニメーション4点を選出。いずれも日常の中に潜む奇妙な動きを繰り返す。リアリスティックな映像だがすべて手作業で描写されたCGであるという、かつてのスーパーリアリスム絵画の問題も継承している。



土屋貴哉の「UpHill」(2014)、「Field Running」(2012)と新作を含む4点からなるインスタレーション。スクロール・バーやサッカー場の芝、物差しがランダムな上下運動を続けるだけのプログラム作品は、具体的なイメージであるにもかかわらず実体のないデータにすぎないというアイロニーの上に立っている。モニタ・ディスプレイを支えるために置かれた自然石や壁に掛けられたメジャー(巻尺)など、ファウンド・オブジェとの組み合わせによる展示は現代美術的な文脈を意識させるが、同時にむしろ彫刻的な存在感も主張している。
「Field Running」ほか土屋のプログラミング作品は、このリンク先からお手元のコンピュータ・ディスプレイで表示できる。ぜひ実際に画面上で動かしてみてほしい。


Part 4: Rounding and Floating (回転と浮遊)
匿名的な非実在バンド、さよならポニーテールのミュージック・ヴィデオ3点から、その独特の世界観と浮遊感覚を紹介する展示。左から「空も飛べるはず」(監督=吉田ユニ監督、2012)、「ヘイ!!にゃん♡」(監督=古賀学、2013)、「無気力スイッチ」(監督=青山裕企、2011)。歌詞はすべて今回作成したポルトガル語字幕で表示。日本の少女の心の世界をはじめて見聴きする観客は、むしろ真剣な表情。




川村真司+井口皓太によるフェナキストスコープ盤の原理を使ったSOUR「Life is Music」ミュージック・ヴィデオ。アニメーションの原初的な原理を応用し、聴覚の記録メディアである音盤の運動を視覚メディアに置換応用することで、メディア表現を技術史的に貫いた象徴的な作品。


展覧会の様子は日本でのテレビのニュースでも報道された。三原聡一郎の作品が解説とともに紹介されている。
NHKニュース「ブラジル メディア芸術の展示会」2014年8月26日 13時28分



ポスト・セルフィー――視聴覚交換マシンから21年目のヘッドギア型作品
本企画展の他にも、各国のメディアアート、アニメ、ゲーム等(日本人作家も含む)の展示が行われたが、なかでも興味深かったのは「FILE Metro: Performance Post-Selfie」と題したパフォーマンス部門で、スマートフォンによってセルフィー(自撮り)が当たり前になった現在の新しい身体メディア表現をテーマにしたもの。テーマとして興味深いし、人選も面白いので以下紹介しよう。



ザ・コンスティテュート(セバスチャン・ピアッツァ&クリスチャン・ツォエルナー、ドイツ)による《アイセクト》。ヘッドマウントディスプレイを装着した体験者は、脱着可能な左右両眼のカメラを自由に動かしながら人間の能力ではとらえられない視覚域を得ることができる。



エリック・シウ(香港)の《タッチー》は、ヘッドギア型のカメラ。装着した作者自身はそのままでは盲目状態だが、他者と触れ合うことによってスイッチが入り開眼する。シャッターを押して、他者のポートレートを撮影し後頭部に埋め込まれた液晶モニタに映しだし、プリントアウトもする。




野上勝己(日本)の《山田太郎プロジェクト》(YAMADA TARO PROJECT TOKYO×BERLIN 動画)は、体験者はiPadで撮影した他人の顔をお面のようにつけて町を歩き、出会った人の顔を手に入れたり入れ替わったりしていく。顔は本人を同定するアイコンだが、SNSでは別人の顔や他の写真やマンガでも代用できることをリアル世界で実験してみるもの。

ここでは誰もがセルフィーをする時代の自撮り作品とでもいうべきパフォーマンス型の作品が集められ、いずれも自己と他者をテーマにしながらそれぞれ三者三様のアプローチを見せているのが興味深い。ブラジル側の企画者の意図がじゅうぶんに伝わってくるよい企画だ。
ちなみに、ヘッドマウントディスプレイによる体感型のメディアアートについては、その先駆的作品として八谷和彦《視聴覚交換マシン》(1993)について、ここでは僕がぜひとも触れておきたい。それから21年後=2014年のセルフィー以後の作品たちはある意味では《視聴覚交換マシン》が予見的に提示していたいくつかの問題に対して21世紀のテクノロジーで解答しているようにも思えたのだ。
たとえば、《アイセクト》は人間の視野認識を逸脱することで他の生物に近づいてみたり知覚認識を破壊したりすることで純粋な個である自己とそれを取り囲む世界との関係性を再構築する(認知科学的解答)。
《タッチー》はカメラと同化することで、他者とのコミュニケーションを通じてしか世界とつながれない自分を演じることで、世界のなかの自分の居場所をつくりだす(コミュニケーション的解答)。
そして、《山田太郎プロジェクト》はネット上のアイコンのように安易で薄っぺらな顔写真を、交換可能な匿名的な表象として解き放ち、遊戯の題材にしてしまう(ゲーム的解答)、といった具合に。
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思えば1980年代後半から90年代初めには、VR技術の紹介とともに全身を覆う着衣(スーツ)型の作品が実験的につくられた(その先駆的作品は1983年の原田大三郎《メディアスーツ》であり、さらに遡れば予言的作品として1956年の田中敦子《電気服》がある)が、最終的にこういった試みはウエラブル・コンピュータ、ゴーグル型のディヴァイスの普及によって、作品としての形(=形式やサブスタンス)をかぎりなく失い、衣服や眼鏡のように、皮膚や知覚器官に密着あるいは同化していく。だが、その形でない部分(=コンセプトやエッセンス)は以前からある遊具や玩具、スポーツやファッションといった領域のなかに浸透していくように思われる。
あらためて振り返ってみれば、21年前、レントゲン藝術研究所のワン・デイ・エキシビションで八谷の《視聴覚交換マシン》を初めて装着し、その場で偶然ペアになった相手と声をかわしながら互いを探し、出会えて手をつなげたときの喜びは、インターネット上で起こりうる偶然でありながら必然とも思える人と人の出会いの喜びにも似ている。
八谷の作品はこれまで「体感型」(たとえば《視聴覚交換マシン》から《エアボード》を経て、現在のメーヴェ型の飛行機につながる体育会系作品)と「コミュニケーション型」(《メガ日記》や《ポスト・ペット》等ネットやゲームに類する作品)に分けられて来たが、その二つの触手はやがて結ばれてひとつに輪になるのではないか。
「ポスト・セルフィー(脱自撮り)」とは、メディア技術によって開発されていく新しい〈鏡〉のデザインなのかもしれないし、我々はメディア化された自我を映すことのできる新しい〈姿見〉を必要としているのだともいえる。


「FILE SP 2014」は2014年8月25日―10月5日までブラジル、サンパウロ、SESIアート・ギャラリーで開催。
FILE公式ホームページ