本の仕事と、仕事についての本を1冊にすると未来が見えてくる

今春から月刊『リアル・デザイン』の書評ページを担当執筆していますが、最新号ではメディアとしての書物の現在的な意味をテーマに、28歳のブック・コーディネーター内沼晋太郎さんの新刊をメインにレビューし、関連図書を3冊挙げてみました。
詳細はぜひ今日あたり書店配本されているであろう『リアル・デザイン』10月号(146ページ)をお読みいただくとして、ここでは紙幅の都合上、記事では触れられなかったことについて書いてみたい。

まずメインで採り上げたのはこの本。

本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本

本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本

書物に替わるメディアの台頭によって、本や雑誌が知識を蓄え運ぶメインの記録媒体から、ユーザーが選択可能なオルタナティブ・メディアに成り下がってしまったことに対して、ぼくはむしろ新たな期待を寄せている。仮にいつの日か書物の形をしたフィジカル・リリース(パッケージ・プロダクトによる市場投下)がなくなり、「新刊」と呼ばれるもののほとんどすべてがディジタル・リリース(データのダウンロード配信)となったとしても、これからの古書は古着のようにリユースされ、古レコードのようにリミックスされうる素材として、もうひとつの別の市場を形成していくだろう。と、ここまでは実は雑誌にも書いたことだ。

書物のマス文化が終わり、小さな本の文化が始まる
加えて、ぼくがこのところずっと考えているのは、大手出版社がフィジカルからディジタルへとビジネス転換していく一方で、書物の制作や出版は趣味性の高い表現行為としてインディーズ化していくに違いないということ。先月開催されたZINE'S MATEの会場で体感した熱気はまさにその前兆といえる──そう、その混沌とした表現意欲の渦は、まだ「コミケット」が巨大イベントと化す前夜の1980年代に全国各地で開催され始めたマンガ同人誌即売会や、1990年代前半にApple Macintoshを手にした若手デザイナーやその卵たちによる自主制作のデザイン系フロッピーマガジンの展示即売会フロッケ展を思わせるものだった。2000年前後に広まったカフェ文化や2000年代後半のクラフト系手製本ブームにも相乗して、自分の作りたい本を自分でつくって売るという書物を媒体としたDiY文化が、今まさにネット文化の拡張とともに進展しつつある。
重要なのはこの新しいハンドメイドの書物が、ネット文化と敵対したり相反したりするものでなく、むしろ裏側でひとつに手を結んだオルタナティブなものであることだ。ぼくは内沼さんの著書を読みながら、ぼく自身がイメージしていた書物の未来が新世代の愛書家によって着実に「表現」ないしは「仕事」として具現化されていることに心から共感を覚えた。
加えて、本書(とくに縦組のほう)は文章がとてもいい。エッセイとしても評論としても、無駄のない言葉と明快な論理で美しくまとまっている。ページをめくり字句を目で追いながらぼくは久方ぶりに優美な読書体験を味わうことができた(日頃のぼくの読書は情報のインプット的な側面がかなり強い)。


書物の陳列=ストックから、書物の展示=表現へ
『リアル・デザイン』誌での書評記事では、さらに「本と仕事の未来にもっと接近していくための3冊」と題して以下の関連書を合わせて紹介してみた。
『本棚の歴史』は家の壁面のかなりの部分を書棚にしている”愛書棚家”のぼくにとってきわめて刺激的な先行研究。同様にレコードの市販化以来、半世紀にわたって音楽愛好家のコレクションを支えてきたレコード棚もiTunesの台頭によって今まさに消えようとしている。マニアやコレクターにとって「棚」は整理し所蔵するためだけでなく陳列し鑑賞するための”展示施設”でもあった。音楽ソフトのジャケットや書物の装幀を個人的に愛でるための空間で行われてきたことのノウハウは、今後実際の美術館や博物館のギャラリーにレコジャケや書物が文化史料として展示・公開されていく上で、全面的に投入され、増幅され、さらに新たな表現や情報共有の手法として確立されていくのではないかとぼくは睨んでいる。
具体的には、本(あるいはレコジャケ)をただ陳列displayしてプロダクトとしての本そのものを飾るのではなく、複数の本を展示exhibitすることによってその関係性や背後にある目に見えない何かを見せていくことの実験と実践が今後しばらく私たちの大きな課題となる。それはセレクト・ショップ的なお店ですでに行われていることでもあるし、あえて美術の領域でぼくが(そして内沼さんのほうがもっと旺盛に)取り組んでいることでもある。


『自分の仕事をつくる』は本をつくるコンセプトにおいて21世紀的な新しいDiY論≒仕事観を体現している。6年ぶりの文庫版は今あらためて時代がようやく追いついたことの証左といえる。著者の西村佳哲さんとはかれこれずいぶん会っていないが、ぼくはこの本をいつも書棚の目につくところに置くことで秘かに旧交を温めている。

本屋さんに行きたい

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本棚の歴史

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自分の仕事をつくる (ちくま文庫)

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