音楽記録媒体6種そろい踏みでリリース

倉木麻衣デビュー10周年アルバム 世界初6媒体で一挙発売へ[今日の中日スポーツ

コンテンツの内容にはとくに触れないにしても、このリリース形態にはものすごくキョーミがある。まあ、そういう反応を狙った販促戦略なわけだけど、ここはあえてそのネタのほうに乗じてみたい。

レコード会社が音楽のフィジカル・パッケージに対してこういう自覚的なアティチュードを見せるのは、「でかジャケCD」(2005年ユニバーサル──お世辞にも成功とは言えなかったが)以来か。
ちょっと気になったので今回の6種のメディアの歴史を調べてみた。括弧内に記した年は実用化/市販された年である。
LPレコード(1948年、米コロムビア社)
カセットテープ=Compact Cassette(1962年、独フィリップス社)
CD=コンパクトディスク(1982年、ソニー/フィリップス共同開発)
MD=ミニディスク(1992年、ソニー
USBメモリ(2000年発売、2004年頃から普及)
microSD(2005年、サンディスクによる仕様設計をSDAが承認)
つまり今回のリリースは、およそ半世紀以上にわたる音楽記録メディアの変遷をすべて「2009年の新譜」というプロダクトのかたちで並列してみせることで、それぞれの存在理由とその存在価値をあらためて世に問うているかのようにも映る。デジタル配信のご時世にあえてフィジカル・リリースの形で”事件”を起こしてみせること自体がレコード会社のアイデンティティーを自己言及的に問うているといったらさらに話が大袈裟かもしれないが、その果てにあるものは一体なんなのだろうと、しばし文学や美術においての自己言及的表現の数かずを想起。メタ文学とかコンセプチュアル・アートとか……。
それこそ、この商品はいつか音楽記録メディア博物館のようなものができた日には最もわかりやすい展示物として間違いなく収蔵されるべき運命にある。企画段階から立派なミュージアム・ピース。これは《聴くための音楽ソフト》というより、あらかじめ《所有されるべきコンセプト》であり、その意味ではじゅうぶんコンセプチュアルな”作品”なのだといえる。


文化を記録/再生する装置
ところで、今回リリースされるラインナップは、CD2枚組、microSDメモリーカードUSBメモリ、MD2本組、カセットテープ2本組、レコード4枚組──しめて2万8200円なり。考え方によってはこれは案外安い気もする。
ただ、このメディア6種を再生するための装置を全部持っているのは40代前半男性くらいなんじゃないだろうか。ちなみに40代後半に足を踏み入れてしまったぼくは、MDプレーヤーというものを最初から持っていない。MD出現時にはレンタルCDを利用したり友人と貸し借りしてダビングして聴くという青春時代をもう卒業してしまっていたので、音楽ソフトをコピーするメディアを必要とせず、CDウォークマンから直接iPodへと移行してしまったからですね。
でも、80年代に自作した膨大なカセットテープ・ライブラリの一部は今でもときどき再生することがある。友人たちとドライブやビーチに出かける前夜にはそれぞれが徹夜して最新のお気に入りの選曲をつなげたオリジナルのミックス・テープをつくってきたし、さらに僕の場合はインスタントレタリングやタイプライター(ワープロはまだ高価で自宅になかった)やコピー機を駆使してつくった手製のインデックス・ラベルで飾ってプレゼントしたりしていた。カセットテープ編集に没頭していた80年代の若者は、Tapeheadsと呼ばれ、たしか同名の青春コメディー映画もあった(未見だが)。ちなみにTapeheadsの<-head>は何かに夢中でアタマの中がそれ意外にない「〜キチガイ、〜バカ」を表すとともに、テープレコーダー/プレーヤーの磁気情報の読みとり用ヘッドにもかけたネーミングのはずだが、いまとなってはその命名の妙は理解しにくいものとなってしまった。
再生装置がなくなってしまうと、文化は記録メディアから取り出すことができなくなる。これはフィジカル(物理的)な話だけではなく、アトモスフィア(雰囲気)やエンバイラメント(環境)の話として。

カセットテープの文化史について考える際には世界各国でインディーズ・バンドがプロモーションや表現の一環として自作したミックス・テープの存在が無視できない。ソニック・ユースのサーストン・ムーアの著書『Mix Tape: The Art of Cassette Culture』が当時のニューヨーク・シーンを伝えてくれる。この書物はまさにテープレコーダーが再生しきれないアトモスフィア(雰囲気)やエンバイラメント(環境)を投影してくれる再生装置といえる。造本もフェティッシュで飾っておくにも良い本だ。というか、僕はカセットテープのことを忘れないために、この本を書棚の目立つ場所にいつも面出ししている。

Mix Tape: The Art of Cassette Culture

Mix Tape: The Art of Cassette Culture