写真術の先っぽと航海術の端っこに立つ人

『リアルデザイン』2011年4月号BOOK欄に石川直樹写真集『コロナ』の書評を書きました(「太平洋に点在する島々から“見えない大陸”を発見する 写真術と航海術による石川直樹のもうひとつの地球探査。」)。

Real Design (リアル・デザイン) 2011年 04月号 [雑誌]

Real Design (リアル・デザイン) 2011年 04月号 [雑誌]

僕がこの写真集をどのように読んだかについては書評に書いたので雑誌のほうをぜひ見ていただくとして、ここでは書評では触れなかったことをノート的に記しておく。
今回の写真集について僕は何の予備知識もなく書店でいきなり出合ったこともあり、個人的には石川の10年がかりのスター・ナビゲーション(星の航海術)の旅の帰着点が皆既日蝕となったことに大きな感慨を覚えた。この写真集には日蝕のコロナを写した写真はない──だが、具体的なビジュアルとして与えられていない分その奇跡的な瞬間に僕は思いを馳せる。思うにこの写真集全体が、長い探査の旅がわずか数分の天体ショーに収束される力とその前後に横たわる果てしない時間と空間の広がりを蓄えている。その緊張感と開放感の織りなす構成が写真集としてとても良い。
僕が最初に石川に会ったのは2003年6月で、当時美術雑誌の編集者をしていた僕は、7サミット登頂の世界最年少記録を立てた若き冒険家が早大卒業後東京芸大大学院の先端芸術表現専攻に在籍していることを知ってぜひ会ってみたいと思い、本に関するエッセイのコーナーに冒険と芸術をめぐる本についてというお題で原稿執筆を依頼した。打合せの喫茶店に彼はハワイで伝統航海術の師に進められたという『An Ocean in Mind』を持ってきて、ポリネシアには太古からスター・ナビゲーションという伝統航海術があることを教えてくれた。
An Ocean in Mind (A Kolowalu Book)

An Ocean in Mind (A Kolowalu Book)

そのとき僕のほうからはフラーやイームズの本、それからケネス・ブラウワーの『宇宙船とカヌー』などを持参したのだと思う。イームズの『パワーズ・オブ・テン』のページを繰りながら、いつか月の山に登って写真が撮りたいと彼が言ったのに驚くと同時に即座に納得できた気がした。当時彼がいた芸大先端に引っ掛けていうなら、彼は冒険を始めた十代の頃も写真家として活躍する今もつねにこの世界の先っぽで端っこに立つことでそこから見える眺めを写真や文章で私たちに伝えようとしている(ちなみに「先端」が平たく言うと「先っぽで端っこ」の意であるというフレーズは当時やはり東京芸大先端にいた村山華子から聞かされたもので、諧謔的というか自虐的でありながら事の本質を捉えた秀逸な言い回しとして僕はずっと気に入っている)。そのとき書いてもらったエッセイ(「いつか宇宙と大海原を旅する日のために」)は『美術手帖』2003年8月号にある。